候補者公募に応募した動機・きっかけは何ですか?
僕が暮らす田原市は農業産出額全国2位の農業大国で僕もその農家の一人でした。一生懸命に頑張っていても手元に残らない。根本的な原因は政治にあるのではないかと考えるようになりました。そこで、「手取りを増やす」「対決よりも解決」を掲げていた政党である国民民主党に興味をもったのが、きっかけです。
いつ頃から、どのような準備を始めましたか?
一年以上前から各地で選挙のボランティアに参加し、実際の選挙の現場で勉強していました。半年ほど前に地元に戻り、リーフレットなど印刷物を作成して、より多くの方に知ってもらえるように駅立ちや街頭活動を始めました。また、田原市は田舎で選挙に立候補するために地元の方々との関係づくりに苦慮しました。
党からはどのような支援を受けましたか?
まずは党からの公認を頂きました。当時、愛知県の参議院議員だった大塚耕平さんに田原市に近い議員さんや企業の方々を紹介して頂き、選挙とは何なのか、政治家とは何なのか、ゼロから教えていただきました。それだけでなく、反対する両親に対して一緒に頭を下げてくれた恩師でした。


選挙期間中の1日の流れを教えてください。
まずは朝一番、駅でご挨拶をすることから始めました。8時から20時まではマイクを使って街宣車から呼びかけたり、街頭活動をしたりと声が枯れても訴え続けました。特に、僕の選対は同級生15人からなるチームでその明るさと頼もしさに助けられました。

活動の中で大変だったことや苦労した点は何ですか?
特に大変だったことは寒さです。田原市の市議会議員選挙は1月末で風や雪との闘いでした。僕自身は、まだ耐えることが出来たものの、窓を全開にして走る街宣車に乗り込んでもらった同級生たちにはかなり辛かったと思います。そういった意味でも同級生たちには感謝してもしきれませんし、これからも支えてもらう大切な仲間たちです。
地方議員としてどのようなやりがいを感じていますか?

毎日のように感じています。地元でも知らなかった方々からお声がけを頂いたり、ちょっとした困りごとでも頼ってくれたりと、市議会議員という存在が地域には必要だと感じています。しかしながら、頼まれたことでも管轄が違うとか、現実的ではないとか、なかなか実現できないこと、自分に力がないことに悩んでいます。行政とはどのような仕組みになっているのかなど内側に入らないと知ることもなかったようなことを知り、いかに自分が無知で非力であるかを痛感しています。ただ、そのような状況でも様々な方々と協力し、どうすれば実現できるかを考え、行動することが日々のやりがいに繋がっていると思いますし、小さなことでも実現、解決ができたときは、さらなるやりがいになっていると思います。

当選後、生活や意識にどのような変化がありましたか?
とにかくコミュニケーションを取ることを意識しています。特に同年代を中心に若者とのコミュニケーションを積極的に取るように心がけています。自分を通して政治や街について考えてもらいたいし、政治に参画してもらいたいという思いが僕の根源であるので続けていきたいと思っています。一方で、僕に分かりやすく伝える力がなかったり、知識がなりなかったりするので、常に伝える努力をしないといけないという思いでいます。

立候補を考えている方へメッセージをお願いします。
迷いや悩みが常に付きまとっていると思います。自分がやりたい、なりたいと思って腹をくくったとしても不安な気持ちは消えないと思います。それでいいと思っていますし、そうあるべきだと思います。常に不安な気持ちで活動して、その気持ちを払拭するようにがむしゃらに行動することが大切で、その結果として誰よりも行動できる政治家になれると思います。偉そうなことを言いましたが、自戒を込めてメッセージにしました。僕自身、最初に行動した時の「根拠のない無謀ともとれる勇気」と「結果が出せるか不安でしょうがない気持ち」を忘れないようにしたいと思いますので、共に活動していきましょう。
(2026年6月2日)